プロジェクト・ヘイル・メアリーを読みました。
↓上巻
↓下巻
正直、映画から見ましたが、これは失敗でした。小説から見るべきでしたね。
今までの記憶を消して、小説をもう一度最初から読みたい・・・と、そう思った、小説でした。
ということで、プロジェクト・ヘイル・メアリーを読んだ感想をご紹介します。
ネタバレを含んでいるので、見たくないという方は、閉じてくださいね。
いいかな?
ちなみに、映画版の感想はこちらです。

それでは、プロジェクト・ヘイル・メアリーを読んだ感想をご紹介しますね。
あらすじ
とある空間で目覚めた男。ここはどこなのか?そして、どんな目的で、この場所にいるのか。何をするべきなのか?
徐々に記憶が蘇って行くにつれ、男のやるべきことが見えてくる。
始まり方も秀逸でした
「二たす二は?」
小説は、ココから始まります。
は?意味がわからん。読み始めると誰もがそう思ってしまうことでしょう。
もちろん、僕はわかります。だって、「映画を見てしまったから」
ココから、何も知らないまま読み始めたかった。
でも、まぁ、映画を見たからこそ、プロジェクト・ヘイル・メアリーを知って、小説にも興味を持ったんで、
映画が無かったら小説を読んでいないだろうなと思うと、そりゃしゃーないですが。
映画と違って小説ではかなり細かい部分まで書かれています。
宇宙飛行士に「死を選ばせる」場面や、これで人生が終わるとわかっていても、カップルができて、性に自由になっていく様とか、
その環境は過酷だったんだろうと、考えることができます。
ストラットがなぜあんなにまで、
プロジェクト・ヘイル・メアリー計画を推し進めたのか。そう言う視点も小説には詳しく書かれています。
映画だと、プロジェクトをどんな手段でもいいから完遂しようとする、「ちょっと乱暴な人」みたいに感じましたが、ストラットはストラットなりに考えていたんだと、わかります。
ストラットの強引でも良いので、プロジェクトを期限までに何が何でも遂行しようとする理由がわかると、ストラットの行動に納得します。
映画とは違い小説では、その辺りもしっかりと説明してくれているので、読んだ後に、「なるほど」と納得します。
やっぱり小説でも、主人公グレースは自分が行くことが決まったら、断ります。いろんな理由を付けて断るわけです。それでも、強引にストラットはグレースを宇宙船に乗せて出発させちゃうわけですが。
でもね、宇宙の彼方に放り出して、解決策を見つけたら小型の宇宙船でサンプルでもデータでも良いから送れと。で、帰りの燃料は無いから、そこで死んでくれと。
そんなミッションに、メインの科学者も予備の科学者も亡くなってしまったから、「お前、ちょと行って来てくれ。」なんて言われたら、まぁ、誰でも行きたくないですよね。
グレースの気持ちがよくわかります。
元々、プロジェクトに携わりたいと願って参加はしていても、宇宙の果てに行って、死んでこいと言われるのとはわけが違う。
片道切符の宇宙船に乗り込むのは、本来は希望者のみ。グレースはそんなことを希望していないのに、行く予定の科学者がいなくなったから、代わりに行ってきてくれ・・・なんて言われて、気軽にOKを出す人なんて、いないでしょう。
作中で宇宙船発射前に大事故が起きて、行く予定の科学者二人が亡くなってしまった。残りの科学者は主人公グレースのみ。しかもグレースは今までの訓練にも付き合っているし、宇宙の最果てに行くために必要な遺伝子が備わっていることもわかっている。
でもグレースは元々、プロジェクトには参加していても、宇宙船搭乗の希望者では無かったから、
そんな状況を突きつけられて、気軽に「代わりに行きます」なんて言えないですよね。しかも、4時間で結論出せ・・・なんてね。
結局、ストラットは無理やりグレースを宇宙船に乗せてしまい、宇宙の果に飛ばすことには成功。
実際、グレースは、解決策を探して、小型宇宙船を地球に戻しているんですから、主人公グレースを送ったストラットの狙い通りということなんでしょう。
映画では、グレースが解決策を地球に送ったその後も少し映像として流れますが、小説では、グレースがロッキーの星に行った時、太陽の輝度が以前の輝度に戻ったということで、アストロファージ問題が解決したんだろうと判断しています。
小説を読んだ人にとっては、映画で流れる「解決策を講じる映像」はちょっとした特典だったでしょう。
僕も映画を見ていて、グレースの解決策がどのように実行していたのか。そして、その時の、ストラットの表情も流れたので、満足しました。
小説では、最後の章で、ロッキーの星:エリディアンに行ったグレースは、エリディアンの重力に耐えきれず、杖をついて歩いています。地球の重力よりも約2倍の重力ですからね。そりゃ足が悪くなりますって。
映画では、エリディアンには行きましたが、だいぶ快適に暮らしているようでした。その辺りの描写の違いも、小説のほうが、詳しく書かれていますね。
映画を見ながら、「こんな岩ばっかりの星で、食い物は無いんじゃないのか?」と思っていましたが、小説版では、その辺りを問題視していました。
タウメーバがキセナイトをすり抜けてしまうということがわかって、これをロッキーに伝えるために引き返すかどうか考える場面で、「食料」について考えています。実は、グレースはロッキーのために、それこそ「死ぬ覚悟」で、ロッキーの宇宙船を追いかけました。
ロッキーはグレースとの再開を喜びましたが、このままだと、食糧不足でグレースが亡くなってしまうということがわかり、ロッキーは一つ提案します。
それは、「タウメーバを食べる」ということでした。アストロファージは常に98度なので、やけどしてしまいますが、タウメーバなら、大丈夫。しかも、ミトコンドリアもあるので栄養を取ることはできるはず。しかも、キセナイトから逃げて、アストロファージを捕食したため、ロッキーの宇宙船の燃料庫には大量のタウメーバが繁殖していた。
・・・というところまでは、グレースに生きる希望として書かれていましたが、じゃ、実際、未知の星で捕まえた、小さい生物を食べろと言われると・・・食べれますか?
やっぱ、食料が無いという状態なら、食べるんでしょうかね。
あと、最終的には、肉を食べられるぐらいまで、エリディアンの生活が改善されていくんですが、あの肉って、グレースの足の筋肉のクローンとのことです。
自分の足の筋肉を食べるって、考えると、ゾッとしますが・・・それでも、タウメーバよりはマシってことなんでしょうね。
グレース曰く「味の薄甘いビタミンシェイクを10年食べ続けた後で、バーガーを出されて断れるものかどうか・・・」
ミーバーガーを紹介するグレースのセリフです。
味の薄甘いビタミンシェイク=タウメーバってことだろうから、バーガー=自分の足の筋肉のクローンのバーガーということでしょうね。
グレースはそのバーガーのことをミーバーガーと呼んでいた。ミー=me ってことなら、私の肉のバーガーって意味?ミーバーガーっていう名称もちょっとした狂気を感じますね・・・。
やっぱりグレースは、その後地球に帰るんでしょうか?
生まれ故郷に帰りたいという願望はありそうでしたが、ウラシマ効果により、今帰ったところで、英雄扱いはされそうですが、グレースを知るものはいないでしょう。
反対にエリディアンにはドームの中じゃないと暮らせないし、重力も地球の倍あるような過酷な環境ですが、ロッキーという友達もいますし、子どもたちにも科学を教えているようです。
このまま、ココで暮らすのも悪くはなさそうですが、地球に帰ると「英雄」として扱われる可能性もありますよね。でも、グレースはエリディアンで太陽を観測しながら、結局、ロッキーと共に、エリディアンに居続けるかもしれませんね。
それと、最後の章、「第∀ℓ章」と書かれているのが、エリディアンに行ったんだなって思わせてくれますね。
まとめ
この記事では、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」という小説を読んだ感想をご紹介しました。
映画と違い、小説では細かい描写も多いので、気持ちや行動の詳細がわかりますね。
あと、小説では、小ネタがかなり挟まれていました。アメコミに出てくるような単語も説明付きで挟まれていましたので、そう言う部分を探すのも、結構面白かったです。
ちなみに、僕は文庫本を購入したんですが、通常の文庫本の大きさよりも、少し大きいので、お気に入りのブックカバーにハマらなかったです。
・・・って、これは小説の内容とは関係ないですけどね。
↓上巻
↓下巻
映画版の感想はこちらです。


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